今でこそ月に何症例も行っている臼歯の不正咬合の処置ですが、初めて行ったのは、1998年の夏でした。
ミーコという4才の雄ウサギです。
最初は、食べないで、排便が少ないといったいわゆる「胃腸うっ滞」の症状で来院されました。当時、少ない情報ながらもウサギの臼歯の不正咬合のことは知ってはいましたが、どうやって治療すればいいのか、なにをつかって処置するのかなどなど、私自身はわからないままでした。
印象に残っている症状は流涎で、今なら初診で診断できたと思います。
胃腸うっ滞の治療をしていくと、排便量はふえてきましたが、食欲がもどりません。餌に興味は示しながらもだんだんやせてきました。耳鏡でおそるおそる口の中をみても涎だらけでなにも見えません。(涎でみえないことも臼歯の不正咬合の重要な所見なのですが)
飼主さんと獣医師である私の間にも、『どうやら口が痛くて食べられないのではないか』という共通認識が出来上がってきました。
この期に及んでも怖じ気づいて手をこまねいている私にたいして飼主のOさんは
「このままミーコが餌を食べられなくて死んでいくのをみるのはしのびない。覚悟はできているので、麻酔をかけてみてもらえないか」
とおっしゃいました。
私はウサギの麻酔に自信がなかったわけではありません。それまでウサギの口のなかをしっかり診たことがなかったので、正常と異常の区別がつくかどうか、また当時はウサギの口を開ける道具も臼歯をけずる道具もなかったので、どうやればいいのか、はたして歯があたっているという診断に間違いがないのか、ということで尻込みしていたのです。
当時はまだエキゾチック研究会が立ち上がる直前で、ウサギの専門病院もたしか開院前でした。
同じ年に千葉県獣医師会が主催する学会で、私はウサギの尿道結石の手術について発表したのですが、その学会ではそれ以前にウサギについて発表された方はいなかったそうです。
参考文献も海外から取り寄せて四苦八苦しながら読まなくてはいけないような時代でした。研究者だった時代に勉強したウサギについての知識をたよりに、なんとかやってみようと決心しました。
ウサギの口は例えて言うなら馬の口のように、入り口は小さいのに中は奥が深く見えにくいのです。気管の入り口の喉頭も見えづらく、よって口をみるとなると、吸入麻酔は鼻からかがせなくてはならず、まずは注射麻酔でしっかりと寝てもらわなければなりません。
そんなこんなんで、実行する日にちをきめてその日まで強制給仕でなんとか持たせるように段取りしてからも短い間私は悩み続けました。
わからないながらも、道具をなんとかしなくてなりません。
最初にプラスチックの注射筒を加工して、ミーコの鼻にあてる吸入用マスクをつくりました。歯を削るために工具用のヤスリのうちから細くて先が角張ってないものを選び購入しました。アイスクリームを食べる木のへらを加工して舌を押さえる道具としました。
最大の難関は頬を左右に開くことです。(上下に開けるのは切歯にチューブをかけて助手が開ければいいと考えました)頬をしっかり左右に開けなければ、問題の臼歯をみることもできませんし、ヤスリで口の内側を傷つけてしまいます。
仕事がひまだった私は、朝から人間用の医療器具の分厚いカタログをひっくりかえしてなにか使える物はないか探しました。
耳鼻科のところを開いているときにピッタリのものを見つけました。耳鼻科のお医者さんが鼻につっこむ鼻鏡です。サイズがいろいろあり、どうやら大きいサイズがよさそうでした。ステンレス製でネジで左右に開くようになっています。(耳鼻科にいったことのある方はおわかりですよね。鼻につっこまれてグイっと開かれる道具です)幸い、在庫があったようですぐに手に入りました。この鼻鏡は優れもので、ウサギ用の道具が使えるようになった今でも、時々つかっています。
実際にどうやったのか、結果はどうだったのかは次のプログに書いていきますね。